せっきょおおおお
2006 / 05 / 14 ( Sun ) 6. アリストテレース
さて、プラトーンはアテーナイ郊外に学園を作った。紀元前387年設立の「アカデメイアAkademeia」である。この学園は何と900年ほど続く。日本でも教育機関があることはあったが、例えば今から900年前と言えば1100年代であって、その頃から続いている学校など無い。ギリシア世界・このあとのローマ世界でいかにこの学園が大切に守られて来たか判るというものだ。近代以降某アカデミーというのは何らかの教育・学術機関を指す一般的な言葉になった。これが大学組織の起源である。 プラトーンの設立したそこに、もう一人極めて優秀な青年が学んでいた。アリストテレースAristotelesである。B.C.384-B.C.322、古代にしては比較的長命だったかも知れない。プラトーンのイデア論を踏まえて、そこからもう一つ別の解釈を発展させた。 「形相=エイドスeidos」がアリストテレースの考えたイデアに相当する考え方である。素材を持たない、事物の本質的特徴のことである。そして「質料=ヒュレーhyle」が形相を体現する素材である。例えば、花というものは誰でも考えることができるだろうが、花弁や、それらを形作る実際の材料があって、初めて現実にありうる。花を実現するには、まず材料があって、それが変化し花に「成る」のである。この変化する過程は連続的である。二つの世界が隔たっているわけではない。 形相-質料に絡めて、もう一組の用語について述べよう。ものごとは素材としての質料=ヒュレーがあって、しかるのちに形相=エイドスが実現するのである。質料は形相を目指して変化する過程を持っている。そこで、質料の無規定な状態、これからどんなものになるのか判らないという可能性を秘めた状態のことを「可能態=デュナミスdynamis」と呼び、また質料が変化して形相を実現した状態、具体的な姿になった状態のことを「現実態=エネルゲイアenergeia」と呼ぶ。 このように、アリストテレースの考え方はプラトーンを足がかりにしてはいるものの、全く違う。目の前にあるものは、理想の実現なのである。例えば素材としての粘土をこねて器を作ろうと目指す時、焼き上がった器は現実の器でありながら器の理想を実現している。もはや粘土ではない。形相と質料は表裏一体である。プラトーンの考えたようなイデアだけのイデア界、個物だけの現象界という二世界があるのではなく、アリストテレースの考え方は現実的である。個物の中にプラトーンの言うところのイデアがある。 理解を深めるためにもう一度花を例に取ろう。花は蕾の時にはまだ花とは呼ばない。蕾は花の可能態=デュナミスである。蕾はやがてほころび咲く時が来る。花に成るその時、花の形相が現れ、現実態=エネルゲイアとなるのである。 こうしてみると、アリストテレースの考え方は一世界説と言えそうだ。アリストテレースは多岐に亙る非常に沢山の著作を残しており「万学の祖」と呼ばれている。その中で特に『形而上学』が形相-質料という考え方を扱っている。 (つづく) |
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