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第五巻 ガスパール病院に
2006 / 05 / 09 ( Tue )



Gaspard a l’hopital

 犬の散歩をさせるガスパールから始まる。画面四こまが様々な犬で、ガスパールそっくりだけど大きいのや、リサに似てるのもいる。何も知らないうちは、犬が犬飼ってどないすんねん、と思う。しかしガスパールは、姿は兎も角、人間様である。健気に近所の犬たちを散歩させて稼いだお金で買ったもの、みんなが羨むスポーツカーのキーホルダーだった。そりゃー嬉しいよね。何かを手に入れるために働くのって動機があるから一所懸命になれる。そういう労働は気持ちいいのだ。

 そして、やっと手に入れた目標物への愛情・愛着。愛するものがあるということは失うものを持っていることだ。ガスパールの恐怖がこうして始まった。何と、盗られるのを恐れた余り、口の中に隠したら飲み込んでしまった。ここの文がちょっと後から考えると間抜けなんだ。「Mais je ne suis pas bete.」でも僕は馬鹿じゃないからね、だってさ。beteというのは単純には野獣のことだ。でも、馬鹿者、間抜けの意味にも普通に使う。ガスパールの姿が充分動物の子に見え、かつまたお馬鹿なので二重におかしい台詞だったのだ。

 さて、消防救急車が来た。でも何がどうなったなんて、恥ずかしくて言えないガスパール。羞恥心のあるところが立派に六歳児らしいね。レントゲンを撮ったらばれちゃったけど。そこで優しいお医者の先生が、君の手術をするよと話しかける。こういう先生にかかりたい。たまたまリアルライフで縁のあった医師は人格的にも素晴らしい人で、死に至る病にかかった家族を丁重にみて下さった。とても幸せな死に方をした。だけど、そうでないような医師もたまに居て、恐らくはこれが日本の医療水準なんだろうなと思うことがある。メンタル面の医師教育がまだまだなんだ。って言うか、社会の構造がそれ以前で、医師になる人が人格的に優れていることが必然であるような環境でない。やれやれ。

 ガスパールは手術するからにはやっぱり外科だったんだろうか。あの小さなおなかを割くのは、たとえ治療のためとは言え、読んでいるこっちが痛かった。児童文学でこういう刺激の強いことやってしまうのが流石フランスなのかな。ガスパールは、眠っている間素晴らしい夢を見た。頑張って手に入れたあのスポーツカーに自分が乗っている。それも大きな本物のスポーツカーだ。よかったね。

 目が覚めたら手術は終わっていた。そしてガスママがお見舞いの贈り物を・・・・・・



 今回も、倫理の軸線上に乗ったお話だったね。しかし、よい-わるい、という二元論で斬れる単純なものではない。ガスパールが取った行動は人間心理の現実だった。ちょっと恥ずかしいけど、きっと誰でも身につまされる、共感できるような思いがあるのではないかな。
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テーマ:児童文学・童話・絵本 - ジャンル:小説・文学

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